春 流石の祖母。

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土曜日の午前。

天気も良く暖かい。

先週は私が薪割りで休んだため、今週はいつもどおり母と共に祖母の施設に顔を出した。

3年前大きな手術をした祖母は、退院後一人暮らしは無理だということで施設に入所した。

祖母は昔から家の周りの畑作業をするのが好きだった。

田舎で祖父が亡くなっても畑が生きがいで、育った作物を親戚に配り喜ばれることが一番嬉しいことだった。春から秋にかけて、朝早くから畑の雑草を取らずにはいられない性分で、冬はやることがなく、猫とのーんびりストーブで温まる、そんな暮らしぶりだった。

 

大きな手術は、成功するかうまくいかないかは半々と医者に言われていた。

 

手術は成功したが、歳が歳だから何か後遺症が残るかもしれない。そうも言われた。

ICUでの1日数分の限られた面会では、祖母の喜びそうなことを話した。

「退院したらみんなで美味しい肉ですき焼きやろうね」

そう、ますの肉好きは祖母譲りかもしれない。

そば屋では必ずカツ丼を頼んでいたし、お正月は豪華にと親戚で集まり美味しい肉で、すき焼きを食べたことがあった。

手術後、祖母は意識があるのかないのか、まだらな状態は結構長かった。

ICUから出ても、いないはずの親戚が見えると言ったりした。これは術後せん妄というらしい。

気を抜いて祖母があちらに行ってしまわないように、祖母の生きがいとなっていた畑仕事を思い出せるように、畑にたわわに実ったトマトの写真をA4サイズで印刷し、メッセージを添えて病室に貼った。

「婆ちゃんのトマト、みんな待ってるよ。」

 

主治医や看病して下さる看護師さん達もこの写真を見て、「畑ができるように頑張ろう」と祖母に声をかけてくれた。

 

栄養は鼻からのチューブだったが、少しずつ回復して重湯(米の姿がほとんどないお粥)になった。それから少しずつ水の量をなくしていくのだが、祖母はお粥が嫌いだったようで普通のご飯にしてくれと言い出した。

普通のご飯に変えてもなかなか病院食は食べられず、ついに病院から何でも好きなもの食べさせてあげて下さいと言われた。

祖母のリクエストはうなぎだった。

すき焼きじゃないんだ

心の中でちょっと思ったよ。

そして病人がいきなりうなぎ、大丈夫?と思ったのだが、母は国産うなぎをフライパンで温めご飯も熱々を用意し保温ジャーに入れ、タクシーで冷めないうちに病院に持って行った。

祖母はそのうなぎを「美味い美味い」とペロリと食べた。

 

うなぎや周りの方の看病、励ましのおかげで祖母は回復していき、足腰などのリハビリのための転院、リハビリの施設へと移ることができた。

 

施設では一見元気そうな祖母だが、秋から冬が終わるまでは枯れたようにやる気をなくし、面会へ行ってもベットで寝てばかりになってしまっていた。

 

この冬も、ご飯を全く食べないんですと施設の職員さんに行く度言われた。そのうち施設の人が、「麺類だと食べられるようなので、何も食べられないよりいいかと思う」と他の入所者さんより麺類の食事の日を増やしてくれた。

 

長い冬を終え、暖かくなってきた。

あれほど寝てばかりだった祖母は、最近施設の体操にも参加し出した。ご飯も2週間くらい前から食べだすようになり、今では残さず食べている。

 

春になると植物が芽を出す生命力のように、人間も生命力が高まるのかもしれない。

祖母の場合、雪が溶け、土が見えてくると長年やってきた畑仕事をしなければという気持ちが湧き上がるのかもしれない。

腎臓も悪く、何でも食べられるわけではないけれど、祖母が「うなぎを食べたい」とリクエストしないかなぁと、私はちょっと期待している。

 

きっと親戚で「流石だよね」と話題になるのだろう。

祖母が春になって元気なったのも「流石だよね」と親戚中では話題にはなっているのだが。